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      <title>事業創造考</title>
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      <description>仕事で遊べる人を目指して．．．</description>
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         <title>久し振りの手強い女性経営者</title>
         <description>　三月三日、ひな祭りの日でした。我が一族のお姫様にひな祭りの貢物を届けに行くことになっていました。

　妻の実家の傍で作っている美味しいいちご、章姫が多めに送られてきたのであの手強い女性経営者の悦子さんの所へもお裾分けをしようと考えたのです。

　彼女の会社事務所は昨年末に引越しをしたと聞いていましたが未だにお祝いをしていませんでした。

　女性ばかりの会社であり、化粧品の販売やエステが中心ですから当然お客様も女性ばかりのはずです。だが彼女がどんなところに店を構えたのか気になるところでした。

　この頃はあん二号店のことは諦めたようで地道に本業の引き締めを図っていると妻からは聞いていましたが思い切って新境地を開拓した彼女の環境を覗いてみたい好奇心がありました。

　妻はひな祭りに相応しいお菓子と菜の花の食べられる花束を拵えていちごに添えて贈ろうと思ったようでした。何となく私は女の館に行くのだと思うとそわそわしていたのです。

　ナビに住所を打ち込むとなんと１６年間も私が過ごしたダイナシステムズの富山事務所の傍ではないですか。吃驚しました。

　６年前まで私が慣れ親しんだあの街に悦子さんが仕事の居を構えたのだと思うと不思議な気分になりました。

　我家のお姫様の先に寄り道して迷うことなく悦子さんの店に直行できました。彼女のトレードカラーである派手な赤のスリットが目立つ建物に気後れした私は車で待っていようかと思ったぐらいです。

　妻に急かされ店の扉を開けたのですがもの凄く明るく洗練されたデザインのエントランスにやっぱり女の館を思い出したのです。

　暫く妻と二人できょろきょろと辺りを見回していたところ奥のほうから突然飛び出してきたのが悦子さんでした。

　“どうしたの？吃驚した。”と言って嬉しそうに私たちを招きいれテーブルにつかせたのです。お祝いを述べて帰ろうとするのに彼女は私に是非仕事場を見て欲しいというのです。

　遠慮する私を意地悪そうにからかいながら“大きい声は出さないでね。”と釘を刺して二階にあるエステコーナーへ案内してくれました。

　その日はひとりのお客さんがいて施術を受けておられましたが一般コーナーらしいところとVIPコーナーらしき個室が並ぶ私から見ると怪しげな場所でした。

　妻は高そうだねと言って目を丸くしていましたが私は落ち着かず早々に階下に戻りました。だが悦子さんの元気で快活な声や表情からこれが彼女の夢の職場なのだろうと納得したのです。

　相変わらず酵素風呂には欠かさずやってきますし、スタッフやお客さんも切れ間なくあんに送られてきます。彼女があんをやらなくても彼女があんを必要としていることに変わりはないのです。

　自分があんをやるよりあんで元気を得て自分の理想の仕事を達成できれば充分ではないかと思いました。妻とは“あんとは１８０度違うお店だね。”と意見があいました。

　昨日も５人連れであんにやってきて“あんないちごは初めて。美味しかったよ！”と姦しかったです。</description>
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         <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 18:08:39 +0900</pubDate>
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         <title>他人のお金</title>
         <description>　ハイテクやITに纏わる新事業創造は今もの凄い逆風の中でもがいています。この分野で上場を目指すことなど誰も求めてはいないのです。

　VCなどはこの分野のベンチャーに対しては頗る冷たい態度に変わってしまいました。仮に投資をしている先であっても上場を要求することはなく普通の中小企業として黒字を出すことだけを求めてくるそうです。

　事業の先進性や将来性などは問題にもなりません。これではベンチャー経営者は初期の志などは忘れてしまい日銭稼ぎの仕事探しと資金繰りで消耗していきます。

　総ては他人のお金を当てにしたビジネスが問題なのでしょうか？投下した資金を引き上げるために決算書を繕うためだけの経営に終始させられては目指した新事業を貫徹することなど夢のまた夢なのです。

　如何してこんなことになってしまったのでしょうか？誰にも出来ないことに挑戦する勇気ある起業家を支援する仕組みがVCであり国を挙げてハイテクベンチャーの興隆を叫んでいたのにあまりの変わりようは情けなく思えます。

　ベンチャーの方でも創業時の資本政策がきちんとなされず創業メンバーの所有株比率が低く、VCの言いなりにならなければならないのも問題なのかもしれません。

　直ぐに利益が出にくいリスクあるハイテクでは大企業は手を出さず本来は国が手がけるべきものであっても総花的にやるしかない国家プロジェクトには入りづらいからこそベンチャーが興るチャンスがあるのです。

　自分のお金がないからといって安易に他人に頼る以上はこんなことも覚悟していたのでしょうが挑戦する気力もそがれる状態ではベンチャーになった意味がないではありませんか。

　かと言って自力で稼ぎながら身の丈にあった挑戦をやっていては世界には打って出れないと考えるのかもしれませんが他人の金の怖さは実際に遭遇するまでは解らないのかも知れません。

　他人の金でやっている事業では周りを慮り少しは分け与えるという発想は起きないのではないでしょうか？自分のことで精一杯になることが目に付くことが良くあります。

　何時も自分が施される立場に甘んじていることに原因があるのでしょう。他人のお金がもらったもののように思い込み借りているという感覚が欠如してくることから来るバランス感覚の異常が感じられることがあります。

　事業とは他人の金でやるものだと言う人がいることは認めざるを得ませんが基本は自分若しくは信頼する人達による自分達の金でやってこそ最後まで当初の目標に向って挑戦し続けることが出来るはずです。

　世の中が浮かれていればこんなことを考えずとも皆で盛り上がって行けるのでしょうが自分の金と他人の金との間には大きな溝があるものだと思ったのです。

　私が関るベンチャーだけにはこんな思いはして欲しくはありません。資本政策を確り策定しないうちは安易に成り行きで創業するなとこれから起業を志している人にくどいほど言い始めた私です。</description>
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         <pubDate>Mon, 08 Mar 2010 17:35:18 +0900</pubDate>
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         <title>続・似て非なるものの扱い</title>
         <description>　私は単に有機物を土壌中の微生物に食べてもらおうと与えている心算です。だがプロの農家には未熟な有機物は野菜には毒になるととられるのです。

　どうなるかを試している時に試している意図が通じないのは悲しいことです。今野菜を上手く育てようとしているのではなく将来肥料をやらなくても野菜と微生物がコラボレートして共生する環境を作ろうとしていることを理解させることが出来ないようです。

　農には自創がいらないと言われているようなものです。比較的簡単に成果が出たジャガイモや長ネギを見て“あんたのところはネギとジャガイモだけは良く成るね。”と言われてしまいます。そしてどんな肥料をやっているのかと聞かれるのでした。

　堆肥とただの有機物、肥料と肥料の原料の違いがありますが施す意図と相手が大きく違います。野菜にやるのと微生物にやるのでは大違いです。

　微生物にしたら餌をもらえるかもらえないかの生死の分かれ目です。餌がなければ死んでしまうことは明白ではないでしょうか？

　肥料をやっても微生物の餌にはなりません。野菜だけが育てば問題がないという農法を試しているのではないと言っても農には自創が認められていない寂しい我が地域です。

　だがこんなことは農だけではありません。どんな領域のプロでも当たり前のことだと知らされました。

　私が今一日も早く実現したいと思っている希望の星があります。それは夢の素材です。名付けてe-mono-8、焼かずに出来るセラミックというべきものでしょう。

　コンクリート文明の終焉に向けて白馬の騎士に相当すると思い入れています。見た目や適用分野がコンクリートに似ていることからそれとの対比で論議され評価されるのです。

　特にコンクリートのプロからは新しい期待のコンクリートが現われたのかと受け取られることになるのでしょう。だがこれはコンクリートではなくセラミックなのです。

　明らかに違うのですがコンクリートのプロからはついついコンクリート的に応用を考えられていくのでした。セラミック的に応用を考えた時には思いもよらない勘違いが始まります。

　セラミックは通常、セラミック原料を水で溶き、練って整形し、そして高温で焼締めます。高温で焼くときにセラミック原料の表面が熔け互いに強く結合するのです。

　だから硬くて水を通さない磁器が出来るのです。コンクリートは幾ら頑張っても水を吸い込むし、硬化中に収縮することは避けられません。

　e-mono-8も基本的にはセラミックの仲間になるわけですからコンクリートの苦手なことをクリアしているのです。だが水で溶いて即硬化させる状態が如何にもコンクリート的なためにプロは勘違いしてしまうのかもしれません。

　水分によって硬化させる前段階の化学反応を見ようとしないのです。あくまでも水で練ってコンクリートのように固めると思い込んでしまうのです。

　だから幾ら実験しても素人が簡単になせることがプロには出来ず、これは使えないと言われるのです。似てるがために違いを受容れず、違うものを取り扱っているとの認識が及ばないようです。

　プロには似て非なるものの扱いは厄介なことなのでしょう。そう考えたならば新しいことは新しい器でと考えるのが好いのかもしれません。

　だが本当のプロは何時も素人のような素直さがあるものだと言ってしまう生意気な私ですがやっぱりプロにはなりたくないものですね。</description>
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         <pubDate>Fri, 05 Mar 2010 18:15:43 +0900</pubDate>
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         <title>Japan Alps Viewが蘇る</title>
         <description><![CDATA[　チリ大地震による津波を警戒して日本列島が厳戒態勢に入った日曜日の昼でした。私は新千歳空港のセンタープラザにいました。

　午後の早い便で羽田経由で富山に戻るためです。少々早く空港に着いたので久しぶりに新千歳空港のあちこちを探検していたのでした。

　この日の朝、札幌のホテルで目覚めてテレビを入れた時、直ぐに飛び込んできたのがスピードスケート女子パシュート銀メダルの瞬間映像でした。

　前日は恒例のハイデックス和島さんの経営計画発表会でした。その場では我々が目指す<strong>ロケーション事業</strong>の一つの形を前進させるため和島さんは今期こそ具体的な成果を確実にしようと宣言しておられました。

　その余韻を楽しもうと夜遅くまで語明かしていました。そのため少し朝寝坊した私はバンクーバーオリンピックで一番気になっていたこのレースの開始時間に目覚めることが出来なかったのです。

　０．０２秒の差で惜しくも金メダルを逃したと言う残念さより私にはある感慨が過ぎったのです。
 
　それは駒大苫小牧で生まれた二人の選手をメダリストに育てた富山の地質コンサルタント会社ダイチのことがハイデックス和島とだぶって映りました。

　ダイチの田中会長、田中社長はハイデックス和島の社長、常務と同じく親子です。ダイチは富山県の要請でスケート部を富山国体に合わせて創りました。

　だが近ごろの公共事業の縮減で売上が半減する中、自腹を切って田畑、穂積二人の選手の活動資金年間２〜３０００万円をずっと工面してきたそうです。

　社員数２４人のダイチはハイデックス和島とそう企業規模は変わらないのではないでしょうか？彼らの現場は砂防空間なのです。立山カルデラに代表される立山周辺は物凄い地滑り地帯です。
 
　和島さんが今期唱えた「利は元にあり」の実践と同じくその上で広く世界を目指す事業をこんな形で実現することも出来るのだと知ったことが嬉しくてひとり空港の中を歩いていました。

　フィギュアのような華々しさはありませんが中小企業にも出来るニッチトップはあるのだと感心しきりでした。
 
　ハイデックス和島も送電現場を徹底して深堀しながら広く<strong>ロケーション事業</strong>を推進されることが必ずや大きな実を結ぶことでしょう。その確信が次第に大きく私の胸に湧き上がってきました。
 
　昨年、一昨年の大寒波にも遭遇せず順調に羽田に着き、そして富山に向いました。その飛行機の窓から覗く雲海の中、聳え立つ立山連峰が夕陽に輝いて迎えてくれたのです。あまりの神々しさに思わず声をあげた次第です。

　奥大日、大日、雄山、剣岳と続きそして毛勝三山から僧ヶ岳、烏帽子岳が雲海に沈み、後立山連峰の鹿島槍から白馬三山、朝日岳までがお帰りなさいと呼びかけているように思えるのでした。

　総てのシーンの画素を<strong>点の記</strong>に変えるのが<strong>ロケーション事業</strong>の目標であるわけですからこの瞬間も私の頭の中ではその構築作業が粛々と進んでいるのでした。
 
　日本列島が津波襲来で大騒ぎしている中、お陰さまで無事に帰り着くことが出来たことを感謝すると共に懐かしの<strong>Japan Alps View</strong>が蘇る感覚に浸りきれる幸せな一時を頂くことが出来ました。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 18:38:15 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>似て非なるものの扱い</title>
         <description>　私の半農では地域や家庭で当然の義務を果すために粛々と行なっていることはあまり表には現われません。

　大概は農における自創に大半の時間を費やすことができるゆとりが生まれてきたと喜んでいます。この半農での自創が元々私の目指すセカンドライフの中核だと思っていましたから漸くその域に入り込めたかと満足しようとするのですがそうは問屋は卸さないようです。

　それは自分の楽しい自創が傍から見ると心配で放っておけないように見えるからです。特に今盛んに私が挑戦し始めた新農法はプロ農家から見ると以前に増して気に障るようです。

　私が現在自分なりに明確に定義して四つの農法を平行して試している心算です。一つ目は農協が推奨し地域の生産組合が指導している米作りです。

　これには一切逆らうことなく指導に従っています。と言うか従わざるを得ないのです。周りの田圃と同じように同じサイクルでやらない訳には行かないからです。

　他の三つは隔離された私の畑で行なうものですから自由に設定できます。二つ目は有機肥料と化学肥料をミックスした近所のおばあちゃん達と殆ど変わらない野菜作りです。

　最初は意地でもやらないようにしていましたが後の二つの農法との比較が欲しくてやり始めたのです。だがやはり化学肥料は買わず稲作の残りを拝借しているのです。

　三つ目は自家製の堆肥を中心に有機肥料のみで育てる野菜です。これが一番面積が多いかもしれません。

　四つ目は昨年から始めた無施肥栽培です。果樹では実証したとはいえ野菜では難しそうな農法です。酵素風呂の廃オガ粉で作る堆肥が要らなくなると心配してこの農法を開始するのを躊躇っていましたが好いことを思いついたのです。

　それはこの廃オガ粉を茸栽培の廃菌床と同じだと思うことにしたのです。C/N比の高いそれも有用微生物がタップリ含まれた分解速度の遅い貴重な有機物だと考えたわけです。

　そして人間に素晴らしい効用を与える酵素が一杯入っている物質ですから無施肥栽培が上手く行くための土壌改良に目覚しい効果があるはずだと思い込んだのです。

　そしてこれは番外編ですが畑を使わない簡易植物工場を目指して人工土壌の開発に取り掛かったため五つ目の人工土壌ボックス栽培を開始しました。

　一つ目、二つ目、三つ目の農法は肥料を施すことにおいては基本的には同じです。だが四つ目の農法は肥料は与えません。土壌の中で微生物に有機物を分解してもらって肥料を作り出しでもらうのです。

　植物と微生物が有機物を使って共生する昔ながらの農法です。廃オガ粉が有機物の中心である今、現在はジャガイモや長ネギ以外は手痛い仕打ちを受けている野菜が多いです。

　覗きに来るプロに上手く説明する言葉が見つかっていない私ではこの廃オガ粉が肥料だと勘違いして受取られていることが分かるのですがどうすることも出来ません。

　下手に話せばもっと突っ込まれることは明白です。放っておいて欲しいとは思うのですが入れ替わり立ち替わりプロは面倒見が好いのです。　

　“肥料をやらずして植物が育つか！”、“お前のオガ粉では養分がまったくないはずだ！”と責められることになります。</description>
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         <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 17:15:06 +0900</pubDate>
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         <title>遊びのある仕事</title>
         <description>　仕事で遊べる人を目指して．．．と私は言っていますが私の遊びは仕事そのものかもしれません。

　最近つくづく私は仕事が好きなのだと再確認するのです。やっぱりワーカーホリックなのでしょうか？もし仕事がなくなったら生きてはいられないでしょう。

　毎日遊んでいるのに何を言っているかと言われそうですが仕事が遊びだと言い切れるほどには流石の私もまだ到ってはいないと思います。

　仕事の中に遊びがあるということではなく仕事が遊びになるまで頑張ろうと思っているのですが仕事総てが遊びではどんなことになるのでしょうか？

　今回のエントリーは“遊びのある仕事”としましたがここで言いたい遊びとは仕事の中のある一定のたるみ、ゆるみ、余白のことであって私が目指す遊びの意味ではありません。

　この一定のたるみ、ゆるみ、余白を仕事の中につくることを「遊びを持たせる」ということから“遊びのある仕事”と書いたのです。

　何か侘び錆びのある一服の絵のような仕事をイメージしてそんな仕事振りを思ってみましたが何処か私が目指す仕事を遊ぶことと通ずるところがあるようにも感じました。

　“遊びのある仕事”が出来るにはビジネスモデル自体に遊びがないと上手く回らないでしょう。ビジネスモデルを実体社会に投影できなければ事業構築できません。

　生身の社会は変幻自在です。その変化の先を読んでその実体にぴったりと射影できなければ満足のいく成果は得られないでしょう。

　そして実体社会の何処に投影するかを考えるのも大変難しいことだと思うのです。ですから変換マトリックス解が求まっても上手くビジネスモデルが実体社会にジャストフィットすることなど滅多にないでしょう。余程の偶然によってのみフィットするのでしょう。

　それ故にビジネスモデルには遊びがなければならないと思うのです。多少の遊びがあれば実体社会上へのビジネスモデルの射影不具合を見ながら変換パラメーターの操作を行なうことが出来るはずです。

　そうすれば１００点満点とは言えずともそれなりの事業を開始することが出来るはずだと屁理屈を捏ねている私です。

　それは事業構築のプロセス自体に遊びがあるということにもなると相変わらず訳の分からないことを言っています。</description>
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         <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 19:01:26 +0900</pubDate>
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         <title>打ち場所に限りはなし</title>
         <description>　事業創造が自創の範囲を超えて具体的な事業構築局面に入ったときは多くの賛同者の合力がものをいいます。

　これはと思う方に賛同者になってもらうのは当初考えていたより簡単には行かないのです。相手には相手の事情があり、こちらの思うほど提案を喜んでいただくことは容易ではありません。

　これまで私はこんな局面を打開するため機会を見つけてはそれなりにさり気なく相手の気を引くことに努めてきた心算ですがその多くは私の過大な期待が空回りしているようでした。

　だが最近これが私の大きな勘違いであることに気づきだしたのです。これは無駄な努力ではなく事業構築にはなさねばならぬ当然の行為であると思うようになって来ました。

　これまでやってきたことが成功しなかったと見ることに問題があり、例えばオセロゲームの途中経過を見ているようなものだと思えば良いのだと気づきました。

　見渡す限り相手に取られた失地が目に付く状態で目の前が暗くなっていたのです。だが良く見るとまだまだ限りない空間が残っていることが大事なことでした。

　形勢判断を石の数の多寡でしているからであって、むしろ石の数が少ない側が優勢であることが多いことに気づけば気が楽になります。

　冬季オリンピックのカーリング競技を観戦していてもそのことが良く解りました。形勢判断は石の数ではなく打てる場所の数で決まります。

　打つ手、打つ場所に限りがないと思うだけで元気が出るのです。最終的に一気に石の色を自分のものに変えることが出来るのは打つ手と打ち場所があればこそです。

　打った手が効果を顕さないと諦めていてはいけないのです。数多く打った手が一気に味方の旗色に変わる日を楽しみにしてめげずに打ち続けることが最良の道であると考えることにしました。

　関連するニュースを見て“あのことですね。いよいよ始まるのですか？実は声がかかるのを今か今かと待っていたのです。”といった調子で声が返ってきた時などは嬉しくなります。

　私はボールが相手にあり難色を示しているがための無音だと思っていましたが実は相手にとってはボールは私の元にあって何故返ってこないのかと待ち侘びておられることが多々あると解りました。

　そう考えてみると世の中、手の打ち場所は無限にあるようです。打つ手に自信があるなら頑張らなければなりませんね。</description>
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         <pubDate>Wed, 24 Feb 2010 14:51:28 +0900</pubDate>
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         <title>寄ってみたいと思われたい</title>
         <description>　我が“海辺の森林浴あん”に最近懐かしい人たちが突然来ていただくことが増えてきました。

　５年ぶり１０年ぶりに再会すると見覚えがあるが直ぐに名前が思い浮かばない人が結構いるものです。遠くから見ると誰かに似ていると思うのですが予定にない人だと直ぐに当てることが出来ません。

　近づいて声を聞くまで名前が思い浮かばないことに苛々して見つめていることが多くあります。

　特にこの頃の休日はこんなことが続いています。近くまで来た序にこの辺りに私が住んでいると思い出して寄ってみようと思われるのです。

　そして休日であるせいか大概がご夫婦での訪問です。魚の買出しに来られるのが一番多いようですが皆さん時間のゆとりが出来て羨ましい限りです。

　我家の休日は酵素風呂などが一番忙しい時ですから妻も私も地縛されています。だが来て頂くには何の不都合もなく私にとってはこれ程嬉しいことはありません。

　忘れていたあの人がやってくるぐらいだから今度は誰がやってくるのかと考えるだけで楽しくなってきます。

　互いの家族の近況を話すだけでも小一時間はかかります。そして仕事の現況を話し始めると限がありません。当然のように次回が約束されてしまうのです。

　先週末に突然来訪されたMさんはなんと１０年振りでしょうか？彼とは同い年で２０代のころから仕事で助けあっていました。

　彼は大メーカーのセールスエンジニアで私とは気の合う共闘ゲリラでした。大会社の枠にはまらず私の我流のビジネスモデルに共感し危ない橋を渡ってきたはずでした。

　今では後進の指導と永年の経験を生かした管理業務をやっているという彼が急に私を訪ねてみようと思ったのか興味が湧きました。

　“海辺の森林浴あん”を散策をしている彼の奥さんを放って、私たちは何時までも互いの今のビジネスを熱く語り続けていたのです。

　どうも彼は再度私と共闘を組みたいようでした。昔の何でもありの仕事振りをもう一度やってみたいと思っているようでした。

　当時と変わらぬ私のやり方を確認した彼は少し性格が丸くなったようですがそれでも昔のやんちゃさを髣髴させる言葉を何度も口にしたのです。

　またまた楽しいことが始まりそうな予感で私はもの凄く得した先週末でした。そしてその翌日、昨日の日曜日は今年一番の快晴に誘われたのかもっともっと珍しい人が訪ねて来ました。

　だがそんなことを書いていても限がありません。寄ってみたいと思うような気を出し始めたのかもしれないと私は相変わらずの自信過剰になりかかっています。</description>
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         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 18:08:33 +0900</pubDate>
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         <title>魅力ある農林水産物を創れるか？</title>
         <description>　地元取引銀行が｢農業ビジネスセミナー｣を開催するそうです。改正農地法が施行されたことに伴い、一般株式会社をはじめ多様な形態の農業参入が認められるようになるそうです。

　それを受けて民間企業の農業分野への参入が加速され、本業との相乗効果、企業イメージの向上、雇用の受け皿など様々な観点から世間の注目を集めていくでしょう。

　銀行もこれをビジネスチャンスと捉えているのかと思うと世の中の様変わりがよく見えて面白くなりました。

　妻の実家近くのいちご農家から毎年今頃取寄せている大きい甘いいちごは年々垢抜けてきます。味ではなく販売手法や包装がです。

　聞くところによるとこの静岡の農家は家族経営のまま株式会社に改組したようです。お父さんお母さん息子さんお嫁さんでやっているのですが夫々が給料を頂くようになって張り切っておられます。

　既存の農家が株式会社になって行くことが真のアグリビジネスの開発に繋がるのならこちらを優先すべきであり、銀行も積極的に支援して欲しいものです。

　我家でも半農でやっている酵素風呂事業などもそろそろ真剣に先を考えねばならない時期に差し掛かってきたようです。

　何処にもないオンリーワン産物を創ることが出来なければ適度な量で農を維持していくことは出来ません。何処にでもある何処でも必要なものでは農林水産物は高くては売れないのです。

　静岡のこのいちごははっきり言って高いです。だが年に数回は値段を考えない買い物をしても惜しくないと思わせるだけの魅力があります。

　こんないちごを家族で作るのなら株式会社になっても良いですがどこにでもあるいちごを量産するために株式会社になるのは止めたほうが良いと要らぬ心配までする私です。

　静岡のいちごは確かに美味しいですが絶対的に美味しいとは言えないでしょう。何故美味しいと思うのかと考えると単純なこと理由です。

　その農家の人たちをずっと前から知っていて親しく言葉を交わしているからです。依頼するにも自然と人情が混ざっている会話がプラスさせるからです。

　何故か自分に代わって栽培してくれたものを送ってくれるような気にさせてくれるのです。私のようにそう思い込む客を適度に確保すれば充分アグリビジネスは成り立つような気がします。

　最近はいちごとコラボすろユニークなアイスクリームも始めたようです。お嫁さんのアイディアのようです。うちの“あんセレクション”も負けずにブラッシュアップせねばと思うほどでした。

　魅力ある農林水産物はプロダクトアウトでは結局は自己満足で終わり工業化社会の価格競争に巻き込まれてしまうでしょう。

　やっぱり農は物ではなく事が魅力がなければアグリビジネスまで発展しないのかもしれませんね。</description>
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         <pubDate>Fri, 19 Feb 2010 18:26:16 +0900</pubDate>
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         <title>寒さも大事な自創ツール</title>
         <description>　震えるような寒さでは身体の動きが悪くなります。札幌オリンピックにさいしてその選手村に大きな酵素風呂が出来たと言われています。

　練習や競技で冷え切った選手の身体を芯から温めるには真に好いものですからJOCも流石です。

　この頃の寒い日の夕方は酵素風呂に入って極楽気分なのですが頭がすっきりする以外はその他の効用を忘れがちになっていました。

　冬季オリンピック選手のように寒さの中に飛び出して閃いたアイディアを確認する私の自創行為が少し足りないように感じたのです。

　暖かな時に試していた屋外での実験が雪に埋もれていることを口実に省みることがなくなっているのです。雪に埋もれずとも軒下で冷え冷えとしているものには触りたくないのです。

　気にはなっているのですが寒いと意欲まで減退するのが良く解り、自分に甘くなっていくのです。明日天気になったらと先送りしてしまいます。

　昨年施工したイデアルグリーンによる雑草バリア・カバーも毎日観察が遠退き、除雪の序に一寸掘り返して見るぐらいになっていました。情けないことです。

　ところが昨日、鈍った身体を鞭打って久しぶりの観察を行なったのですが思わずにっこりとしました。一本の雑草も生えていないのです。

　二ヶ月ぶりのご対面でしたからかなりの雑草が芽を出していると覚悟していたのですからこれには驚きでした。寒さに強い雑草に苦労していた場所でしたから喜びが一入なのです。

　これに気を好くした私はこれも昨年実験途中で放り出してあったイデアルマリーンの精製物を思い出しました。

　天然ミネラル豊富なイデアルマリーンに含まれている有機物を手軽に取り除けないかと考えて色々試していたのですが寒さの到来で途中で止めてしまったものが軒下に置いてあったのです。

　ある鉱石を粉砕してイデアルマリーンに加えて水で昆練したものを幾つかそのまま放置していたのですがこの寒さで凍結融解を繰り返したせいで表面に綿のように不純物らしきものが析出しているではありませんか。

　その下には見違えるほどきれいになって固まった落雁のようなイデアルマリーンがありました。果たして目的が達成されたのかは解りませんがその滑らかな肌触りからして期待が高まるのでした。

　寒さも自創には大事な要素だと考えることにしたほうが良さそうだとご都合主義な私です。</description>
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         <pubDate>Wed, 17 Feb 2010 20:44:00 +0900</pubDate>
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         <title>羨ましいほどの技術</title>
         <description>　あのNSIの細川さんが急逝して２年になろうとしています。今こそ彼がいてくれたと何度思ったことでしょうか。

　私にとって新事業構築にあと何が足りないかといえばそれは彼の存在しかありません。だがないもの強請りをしても詮無いことです。

　何がどのように足りないかがはっきりと描けるほど彼が果すべき役割が私の中では今でも鮮烈に蘇ってきます。

　このことを今から創り上げるには一体如何ほどの金と時間がかかるかなどと考え始めたら限がありません。

　彼の技術が素晴らしいのですがそれ以上に彼が自らの技術だけでは何も出来ないと認め謙虚に私如きの事業創造に協力してくれたことが技術者として素晴らしいと思うのです。

　凄い技術を訴えて顧客獲得を目指しても技術が凄ければ凄いほど現状の企業レベルの実態から乖離することによって受注に結びつけることは至難の業でした。

　へそ曲がりの私の理屈は本当に自分が凄いと思っているものなら売るものではないと言うことです。“売るほど悪いものではありません。”を貫くしかないのです。

　その凄いものがどんな局面で威力を発揮するかが解っていればその局面が競争優位になるビジネスモデルを創造し自らがその事業創造に参加するしかないと言うのが私の理屈でした。

　自分がリスクを取って事業創造に参加するなどとんでもないと考える人が多いでしょうが私にとっては凄い技術だけを売るために惨めな思いをするくらいならドンドン使い込んで技術を磨いたほうが余程ましだと思います。

　ソリューションなりビジネスモデルなりが存在し事業構築に本気で取組む仲間がいる場所で技術を磨くのが如何に充実した人生を送れるかを考えたら直ぐ解ることではないでしょうか？

　少なくとも細川さんは直ぐ解りました。その途端から私を顧客として満足させる技術開発に邁進できたのです。辛い経営ではあったでしょうがそうでなければもっと辛く惨めな経営だったはずです。

　最近私が素晴らしいと思う独創的な技術を前面に出して上場を目指した会社にめぐり合いました。その会社のトップは技術者です。

　彼の独創的な技術は多分世界でも指折りのもので活躍の場を得れば限りない成長が待っていると思えました。

　だが彼と細川さんの思いの違いは単純でした。彼は世に出て自らの技術を認めてもらいたいと思い、細川さんは一人でも良いから自分の技術の価値を解ってもらい場が与えられたら満足するという思いでした。

　立て板に水を流すかのように説明される彼の技術は羨ましいほどでした。そして私の事業創造においては幾らでも活用の場面が設定できると思うのです。

　だが技術だけでは私の情報システム事業の中では鉄則があります。それはデバイス・インデペンダントです。取替え可能な技術としてこの一時が素晴らしくとも私は移ろいます。

　彼を桧舞台に立たせるためにその技術に固執するリスクはとれないはずです。そんなことを考えると羨ましい技術ほど羨ましい事業創造があるのかもしれないと思いました。</description>
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         <pubDate>Mon, 15 Feb 2010 18:12:15 +0900</pubDate>
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         <title>事業創造も苗半作</title>
         <description><![CDATA[　半農で学んだことは沢山ありますがその中でも貴重なことは私の<strong>０．０ビジネス</strong>が農における苗作りのようなものだということです。

　単なる自創行為ではなく然るべき<strong>２．０ビジネス</strong>のベッドに植えつけられる丈夫な苗を作る気持ちでベッドがどんなところであっても丈夫に育つことを考えながら行なわねばならないということでした。

　<strong>２．０ビジネス</strong>マーケットが清浄で肥沃な土壌であることを求めるのは当然ですがそんなに都合の好い土壌が用意されているなど夢のまた夢です。

　私には<strong>１．０ビジネス</strong>が殆どないわけですから毎日が<strong>０．０ビジネス</strong>です。偶には<strong>２．０ビジネス</strong>の真似事を試しては反省しきりでまた<strong>０．０ビジネス</strong>に戻ってきます。

　こんなことを繰り返すのが日常でしたからことさら<strong>０．０ビジネス</strong>の仕事振りが農の苗作りに似ていると思うのかもしれません。

　私ならこれでも充分満足できるのですが私の周りで起業する人たちにはこんな私を真似て欲しくはありません。

　サラリーマン中に確りと苗作りをして欲しいと思うのです。この状態が自創であるわけですからそのことは帰属する会社にとっても有意義な仕事振りとして成果をもたらすはずです。

　最近はそんなサラリーマンの創業準備スタイルを有効に支援する仕組みも出来たようです。サラリーマンでありながら土日休日夜間などに創業を目指して苗作りに励める環境の提供やコンサルティングをしてくれる組織があります。

　事業創造も苗半作であると認識されてきたのでしょうか？嬉しいことですが本当はどんな種が良いか？どんなベッドが良いか？相談に乗って一緒に探してくれる組織があったら好いですね。

　だがそこまで甘えるのはあまりにも虫が良すぎます。せめて事業資金の調達支援ぐらいが手頃なことなのでしょう。

　先日も凄い種子の開発のみで創業したベンチャーの苦悩を聞きました。確かに種は芽が出て育っていたのですが育っている環境は至れり尽くせりの温室の中でした。

　ここでは苗作りに多少の問題があっても見た目は健やかに育っています。だが<strong>２．０ビジネス</strong>の世界のような厳しい自然界の荒々しい土壌では一日としてもたないだろうと見受けられたのです。

　温室提供者はそのベンチャーに見切りをつけて新たな苗を温室に入れようと躍起になっているのです。追い出しの圧力に負けまいと必死に頑張っているベンチャー経営者は最早自創行為に時間を割くゆとりすらありません。

　そうこうしている内に画期的であった種子も新たに誰かが開発した新種の登場で色あせて見えるようになるのです。旬を逃した苗は誰も畑に植えようとはせず萎れていくのを待つばかりでした。

　どんな土壌でも自力で育つ丈夫な苗が出来るまで石にしがみついてもありがたい自創環境を自ら放棄することだけは止めるべきだと言いたいのです。

　少なくとも<strong>２．０ビジネス</strong>を目指すなら<strong>０．０ビジネス</strong>環境がどんなに不本意な<strong>１．０ビジネス</strong>にぶら下っていても自創さえ出来れば耐えればいいのです。

　必ず丈夫な苗が出来上がる日がやってきますから。そこまで我慢できれば待てば海路の日よりありで同時にその苗に適した素晴らしく清浄で肥沃な<strong>２．０ビジネス</strong>マーケットが開けてくると相変わらず能天気なことを考えている私です。

　だがその素晴らしいマーケットはベンチャー自身がまったく予期していなかった土壌ですから苗自身が丈夫で自立して育つしかないのです。

　そんな予期せぬマーケットが現われない限りベンチャーが死の谷を越えることは絶対出来ません。]]></description>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 12 Feb 2010 14:18:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>変化の匂い</title>
         <description>　ビジネスモデルの変革を掲げていても看板や包装紙だけのことで中から匂ってくるのは以前と変わらない懐かしい香りです。

　特に１．０ビジネスの匂いは嗅ぎ慣れていますから幾ら２．０ビジネスを標榜しても肝心の中味は変わらない懐かしさで満ち溢れているのです。

　コンクリートから人への転換を謳っている民主党にもいえますが言っている当人達が１．０の政治家達である限りは中味まで変わったと感じられないのに似ています。

　IT産業がICTビジネスモデルを掲げてソリューション事業を看板にしてもやっていることはそんなに違っていないのだと再認識することがありました。

　旧来の事業スキームの中で同業者が同じで競争ルールも同じである慣れ親しんだ世界で互いに看板だけが変わっただけで自己満足しているのです。

　最近そんな世界にタイムスリップしたような体験をさせて頂いたのです。私にとっては３０年ぶりにその世界を垣間見たといったところです。

　その中で大事にされることは顧客に価値あるソリューションではありませんでした。自社の面子や組織の面子が優先され、ましてや自社の利益さえ二の次ではないかと思える懐かしい会話でした。

　顧客から自社が大事な会社と思われたいと考えるよりも面子を保つことと考えられる自社のリスクを最小にする議論が中心になるのです。

　話の中に出てくる単語は流行の横文字ばかりで私には意味不明の言葉も多々ありますが意味を質問する興味すら湧かないことばかりでした。

　だがそれを如何にも大切なこととして真剣に討議されているのを眺めている私の頭にはただただ懐かしい思い出しか浮かんできませんでした。

　大きな変革の波が押寄せてきているとの実感が伴わない看板の架け替えビジネスには何処かほのぼのとしたものを感じてしまうのは如何してでしょうか？

　２．０ビジネスなるものが存在することなど信じなければこれはこれで何時までも続く日常なのでしょうが私には自分が今この現実を覆そうと企んでいる悪者のようでその場の相手を欺いていることを自己嫌悪しなければならないのです。

　自己嫌悪するぐらいの事業創造が実現する瞬間が近ければ変化の匂いは１．０ビジネスの世界にも微かでも感じられるのではないかと思ってしまうのです。

　こんな遊泳感を味わっているなどと知ったら興ざめさせたことでしょうね。その場の真剣な議論はその世界では大事なことであることを否定するものではないのですが対極ｊから見るだけでも違う価値観が生まれると思わないのかと相変わらず勝手な幽体離脱をしている私でした。</description>
         <link>http://www.noahkikaku.com/dina/2010/02/post_650.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Wed, 10 Feb 2010 15:40:39 +0900</pubDate>
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         <title>有限の時間を無限に</title>
         <description>　半農半コン生活では通勤時間がありません。そしてやりたい時にやりたいことを自由に配置出来るため無限の時空間があると錯覚していました。

　ところが最近は時間が足りません。仕事に興が乗ってきていよいよという時に何時も妻から入酵や食事の催促がかかることが多くなりました。

　以前は自然の流れでそれらがタイミングよく配置されていたはずなのに何故かこの頃はぎすぎすした流れになってきたようです。

　この頃の私の時間の使い方に問題があるようです。時間の価値を再度認識し直し、その特性を身体に叩き込まねばなりません。

　お金よりも価値がある時間は放っておくと自分を飲み込んでいくのです。時間に飲み込まれるようでは幾ら時間があっても足りません。

　能率などどうでも良く効率よく時間を消費しないからこうなるのだとは解っているのですが一寸調子が狂ってきているようです。

　多分それは自分の一番得意な事に専念できないことから来る焦りかもしれないと感じています。何が得意で好きなことかを見極めたいと思いながらあれこれ手を出すことが裏目に出ているのでしょう。

　あちこちでゲリラ戦が開始されその戦場や定点監視地点が急激に増加したことも理由ですがそのためにこそ時間の特性を再度確認しなければならないのです。

　ゲリラ戦で勝利を得るには有限の時間を無限の如く拡張することが必要ですがそれは効率を上げるしかないでしょう。それには私にもっとエネルギーが必要です。

　有り余るエネルギーが湧き出ていないから時間が無駄に消費されていると感じるのかもしれません。これでは戦う相手に威圧されるでしょう。

　ビジネスモデルのブラッシュアップは順調なのにその推進エンジンが何処かノッキングを起こしているように感じられるのは能率が好いことを勘違いして効率が上がっていない証拠です。

　自分が注ぐエネルギーが足りなければ誰かが変わりに掠め取っていくことは確かです。これを警告と思って一層のパワーアップに専念する気力だけはまだまだ充分です。

　そしてそれは今しか出来ないと思うことで何とか歯止めが掛かりました。それにしても現実の事業創造は小説より面白いですね。</description>
         <link>http://www.noahkikaku.com/dina/2010/02/post_649.html</link>
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         <pubDate>Mon, 08 Feb 2010 12:10:48 +0900</pubDate>
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         <title>山も良いけど川にも感動</title>
         <description><![CDATA[　昨年は「黒部の太陽」から始まり「剣岳点の記」を何度も見て北アルプスの雄大さや過酷な自然に感動していました。

　例年にない多雪の年を迎えた今年はこれまで立山連峰や後立山連峰も感動して仰ぎ見るゆとりがありませんでした。

　あちこちで消雪装置がフル回転し我家の豊富な伏流水も流石に青息吐息だったのです。罰当たりなことにもっと山に降雪があったらと恨めしいことを考えていたのです。

　実はそんな最中に町内にある市美術館で地元出身の偉大な画伯の凄い作品が展示されているのに無頓着でした。

　市の広報に載っていたのを見ていたのですがいつでも行けると安易に思ってとうとう最後の日を迎えていたのです。

　１月７日から２月３日の会期で期間中休みなしの展示だったのですがいよいよその３日になってしまったのです。

　早朝から休みなく降り始めた雪は特有の湿気タップリなべた雪でした。妻も同じく行きそびれていたようで雪のため私の運転手が必要になたらしく珍しく同行を許してくれました。

　絵画の鑑賞だけは独りで行きたいと常々言っていましたから今回はやむを得ずだったのでしょう。

　地元出身の画伯は<a href="http://www.yoshinobutoide.com/"><strong>戸出喜信</strong></a>さんといわれます。私はまったく知りませんでしたがパリ在住で有名な方だそうです。

　市の美術館は町内にある総合公園の一角にあり普段なら歩いていけるところですが生憎の雪では四輪駆動の助けが要りました。

　最後の日であるためか雪を掻き分けてやってこられた多くの人たちの車が公園の駐車場に停まっていました。

　雪に覆われた美術館は素晴らしい佇まいで少しリッチな気分でした。そして期間中、観覧料がただなのです。

　9ｍの長尺のキャンバス一杯に黒部川の激流が踊っていました。飛沫が飛び出してくるような迫力を感じ少し引いて鑑賞するしかありませんでした。

　次第に慣れてきたので近づいて行き、流れに沿って見てもただただ感嘆するだけなのです。

　こんな凄い絵が毎日見れたのに勿体ないことをしたものです。期間中入り浸りになっていたかったのにと反省しきりでした。

　素晴らしい「黒部川」が８年間もパリに展示されていたなんて驚くことでした。そしてそんなことも知らなかった自分に呆れるばかりです。この巨大な作品が市に寄贈されたと知って先生の豪気さにも驚きました。

　硬水しかないだろうパリの人たちに黒部の美味しい軟水も一緒に味わってもらったら良かったですね。]]></description>
         <link>http://www.noahkikaku.com/dina/2010/02/post_653.html</link>
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         <pubDate>Fri, 05 Feb 2010 17:41:51 +0900</pubDate>
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